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大阪地方裁判所 昭和35年(わ)3118号 判決

被告人 住田彰治

昭一一・一二・二九生 工員

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入する。

本件公訴事実中銃砲刀剣類等所持取締法違反の点は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は大阪市東成区川西町五六一番地三光ミシン塗装工業所金健次郎方に塗装工として勤務していたものであるところ、昭和三五年八月三一日夕方同僚と近所の酒店で飲酒し、続いて右工業所作業場で工場主金の振舞酒を同僚等と共に飲酒したが、午後六時過頃ほろ酔気嫌で二階更衣室に上り、同僚と共に着替をしていた際、同僚工員である竹中敏雄(当時二三年)が上つて来て「俺の靴を何処に隠した」と文句を云い始め、居合せた森西修、喜田雄一等と喧嘩になる気配となり、同人等は被告人等の制止も聞かず相次いで階下に下りて行つた。間もなく着替を終えた被告人が階下に下り作業場から表の通りへ出たところ、竹中と右森西、喜田等とが喧嘩していたので止めようとしたが、竹中はやにわに靴を振り上げて被告人に立向い、顔面、腕等に殴りかかつて来た。被告人はこれを避けて作業場に逃げ込んだが偶々検査台の下にあつた刃渡約一六糎の作業用ナイフ(証一号)が目についたので、再び襲われたときの用意にこれを持つて表路上まで出たところ、竹中は更に靴を振り上げて殴りかかつて来たので、被告人は酒の酔もあつたうえに、余りに執拗な竹中の暴行に激昂し、とつさに殺意を決し、所携の右ナイフを持つて襲いかかつて来た同人の腹部めがけて二回突き刺し、よつて同人に対し、深さ約九糎の肝臓を貫通左肺下葉にまで達する心窩部刺切創及び深さ約八糎の小腸下部に達する右鼠蹊部刺切創の傷害を与え、右心窩部刺切創による肝臓及び肺臓損傷に基く大出血による失血の結果同日午後八時一〇分頃同市同区中道本通二丁目五六番地中本病院において死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第一九九条に該当するところ、所定刑中有期懲役刑を選択し、前認定の様な被告人が本件犯行をなすに至つた経緯、及び犯行直後雇主等に連れられ事実上自首している点(証人桑原三郎、大江修一並びに被告人の当公廷における供述により認められる)被害者の遺族が宥恕の気持を披瀝し、寛大なる処分を望んでいる点(証人竹中キヨノの供述並に竹中政一の司法巡査に対する供述調書により認められる)その他諸般の事情を考慮して、所定刑期範囲内で被告人を懲役五年に処し、同法第二一条に則り未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人に負担させない。

(無罪の理由)

本件公訴事実中銃砲刀剣類等所持取締法違反の点は「被告人は業務その他正当な理由がないのに、昭和三五年八月三一日午後六時三〇分頃大阪市東成区川西町五六一番地三光ミシン塗装工業所前道路上において、あいくち類似のナイフ一丁を携帯したものである」というのである。よつて案んずるに、被告人があいくち類似のナイフを使用し、検察官主張の日時場所において前記の様な犯罪を敢行したことは前記認定事実のとおりである。しかしながら前掲証拠によれば、本件ナイフは平素前記工業所内作業場においてあつたもので、工員等は塗装鑵を切り開く時や、塗装に使用する竹べらを削る時等に共用していたものであること、及び被告人は被害者竹中に暴行を加えられ作業場に逃げ込んだところ、偶々検査台の下に右ナイフが置いてあつたのが目につきこれを手に取り、作業場前路上において再度殴りかかつて来た竹中を刺したものであり、事件後は直ちに之を同僚桑原三郎に交付していることが認められる。従て被告人は前記殺人行為当時右ナイフを手にしていたことは事実であるが、之を手にした距離も時間も極く僅かであり、犯行現場にあつた兇器を手に取つて直ちに人を突刺した場合と何等選ぶところはない。銃砲刀剣類等所持取締法第二二条にいう携帯とは、相当の時間又は相当の距離を、正当の事由なく持ち歩くことを謂うものと解すべきであるから、本件の場合の如きは之に該当しないものと解するのが相当であり、この点については刑事訴訟法第三三六条により無罪の云渡をすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 田中勇雄 野曽原秀尚 高橋欣一)

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